別事件で踏み込んだ警察に… 桐島聡容疑者だけではない長期逃亡

2024/01/05

    昭和49~50年の連続企業爆破事件に関与した過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者のように長期の逃亡に成功している容疑者は過去にも多い。
    グループの組織力を背景に、居住先を用意するなどの支援者が存在するケースがある一方、組織に属さない個人では整形など外見に変化を加える例もある。
    過激派「日本赤軍」の重信房子・元最高幹部は、オランダ・ハーグでの仏大使館立てこもり事件などに関与した疑いで国際手配され、手配から約25年後の平成12年に大阪府警に逮捕された。
    昭和40年代にレバノンへ出国後、世界各国でテロ活動を続けていたが、逮捕の2~3年前に日本に入国。大阪市内のマンションを拠点に、支援者らがかくまっているとの情報を警察当局がつかみ、出入りなどを確認する中での逮捕劇だった。
    その後、東京都内など大阪以外の国内でも接点を持っていた支援者らの存在も明らかになり、複数人が犯人蔵匿の疑いなどで逮捕された。中には医師や高校教諭など社会的地位を持つ人物もいた。学生運動の時代に知り合い、「暴力による革命」の志に共鳴し、長年、重信・元最高幹部へ居住先などを提供してきたとされる。「組織力」の観点では、オウム真理教による一連の事件でも同様に、信者間による支援があった。
    平成23年の大みそか、東京・目黒公証役場事務長の逮捕監禁致死事件などで特別手配されていた教団元幹部、平田信(まこと)受刑者が警視庁丸の内署に出頭。翌年1月には、平田受刑者をかくまっていた元信者の女性が自首した事件もある。2人の逃亡生活は福島や宮城などで約17年におよび、女性は弁護士を通じ、「(平田受刑者への感情が)尊敬から愛情に変わっていった」などと心境の変化も告白。平田受刑者は当時、外出は一切せず、自身が仲居や喫茶店員、事務員などをして生活を支えていたことなども明かした。
    また、昭和46年の渋谷暴動事件で警察官を殺害したとして、昨年12月に東京地裁で懲役20年の判決が下された過激派「中核派」の大坂正明被告=控訴中=についても、組織の男が犯人蔵匿罪で有罪判決を受けている。
    大坂被告は約46年間逃亡し、平成29年5月に広島市内のマンション一室で発見されていた。昭和57年、松山市のマンションで元同僚のホステスの首を絞めて殺害したなどとして無期懲役が確定した福田和子・元受刑者(平成17年に病死)は、約15年の逃亡中、東京都内などで整形手術で重ねた。
    千葉県市川市で平成19年、英会話講師の英国人女性を殺害したとして殺人などの罪に問われ無期懲役が確定した市橋達也受刑者も名古屋市内で鼻を高くする整形手術を受けていたことが分かっている。
    このような「共鳴」はどのように生まれていくのか。それに対しても注目されている。

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